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「ぶなの里」さんに向けての作品!
こんなのも出来ました。
女性としてのハンディーは事のほか大きかった。
1999年 意外なところで、女性としてのハンディーが付いて来るものだと思った。
長男の「妻」「嫁」「母」「ばーば」「個人」、
そして「物づくり人」
「それら全てを、しっかり受け止め、可能な限りを尽くす。」
と、思っていた・・・
しかし現実には、「自分の出来ること等、たかが知れている。」という事を
思い知らされるのに、そう時間はかからなかった。
建物が出来始めた。
有難いと、心底 思った。
そして、完成した。
私は本来計算が苦手!
1998年、私は初めて真剣に計算した。
残りの人生設計を含め、「置かれた場所で咲く」為に。
それには、大変な試練が立ちはだかる事も知っていた。
一か八かの勝負であってはならない。
自分自身で一切を背負う覚悟がいるだけでなく、万が一の事もある
その時の自分の働き方も考えた。
身体が震えた。
そして私は、大きな決断を下した。
私は「ものづくり人」として、多くの課題を克服する為にその場所を作ると。